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顔が小さすぎるのがコンプレックスという人達

非常に信じがたいことですが、世の中には自分の顔が小さすぎることがコンプレックスだという人達もいます。背が高すぎるのがコンプレックスな人もいると考えればありえないことでもありませんが、言葉通り受け止めて自分たちと同じ悩みだと捉えるのは早計です。

なぜなら顔の大きさのコンプレックスという点ではたしかに同じではあるものの、小さいことがコンプレックスな人達は我々とは異なる点が一つあります。
そしてそれが悩みを持った人間として言葉通りに受け取ってはいけない理由でもあるのです。

デカ顔が憧れることはあっても、小顔が憧れてくれることはありえないという事実もそれを考えれば納得がいきます。

小顔で辛いというのは美人で辛いというのと同じ

ここでは話をややこしくしないために他のページとは異なり顔が小さい人の悩みを小顔コンプレックス、顔が大きい人の悩みをデカ顔コンプレックスと呼んで区別することにします。

小顔コンプとデカ顔コンプ、大きさが平均的ではないことが悩みであるという点では確かに同様です。一見すると仲良くなるか、あるいはお互いに反発しそうなものですが仮に反発しても単純な水と油のような関係ではありません。
それは至極単純な理由で、「顔が小さい」は一般的にほめことばとして用いられるからです。

確かに本人にとっては悩みの種であろうと、顔が小さいと批評する人達は決して軽蔑や見下す意図でその言葉を発しているわけではありません。これが最大にして一番の違いです。
「顔が大きい」はあくまでプラスのポイントにはなりません、それを言う時は間違いなく悪い意味での見下しやからかいの意味が見え隠れします。

なので同じ悩みに見えてもその構成は全く異なるのです。
デカ顔コンプが容貌が悪いという意味でのコンプレックスであることに対し、小顔コンプは褒められることや注目されることの悩みなのです。

これはいわゆる「美人なせいで告白や注目を集めて辛い」というたぐいのものであって、同じ顔の大きさの悩みであっても全く似て非なるものです。

小顔コンプはデカ顔を羨ましいとは、思わない

もしデカ顔コンプの人に「小顔コンプの人くらい小さくなれるなら?」あるいは「小顔コンプの人が羨ましいか?」と尋ねれば、みんな間違いなくYESと答えます。

しかし「小顔コンプの人にデカ顔になりたいか?」と訪ねても同じ答えは出てこないでしょう。小顔が嫌で辛くて仕方なくても、そんなのはまっぴらゴメンなのです。
小顔コンプの人はデカ顔を羨ましいとは思いません。小顔コンプの人の中ではデカ顔は見下す対象とはなっても憧れの対象とはなり得ないのです。小顔の優位性を認識していないのではなく、あくまで小さすぎることがコンプレックスなのです。

話はただこれだけに留まりません。普通の人は小顔コンプに憧れを持つことはあってもデカ顔に憧れを持つことはありません。
なのでもし「顔が小さすぎて辛い」と言っている人がいたとしてもそれは本当に悩んでいるかすら怪しいパターンも多いのです。いわゆる自虐風自慢のパターンです。

顔が大きい人が悩みを打ち明けるとき十中八九本物のコンプレックスであるのに対し、小顔コンプの方はかなりの割合で自慢である可能性が高いのです。
むしろ小顔コンプの人は注目を浴びるのは辛いが、小顔自体はいいことだと認識している人がほとんどでしょう。

同じ大きさの悩みであっても小顔コンプの人の表情に優越感の影がちらつくのはそのせいです。
きっと小顔コンプとデカ顔コンプが言い争っているところをイメージすれば全ては明白です。

「顔が小さいくせに」と言われても大して辛くも(本当は注目されたくないだけなので)なければ、周りの人には褒めているようにしか見えません。
逆に「顔が大きいくせに」と言われれば悔しくて辛くてたまらないうえ、周りの人達にも欠点を指摘している様に見えるでしょう。

顔が小さいことがコンプレックスな人達は世間一般においてもデカ顔から見ても憧れの対象であり、本人たちもそれを自覚しているのです。
向こうがこちらを見下すことは出来ても、こちらが向こうを見下すことは出来ません。同じ大きさの悩みに見えても劣等感という色のついた我々の悩みとは異なるのです。

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